敵襲

 紅朱雀のその言葉に、誰もが驚愕した。
「敵襲だってえ!?」
 そう叫びながら駆け出したワルイージの言葉に、ワリオとピーチも弾かれるようにバルコニーに駆け寄って、そちらの方向をじっと見つめる。
 やがて、こちらにまっすぐ向かってくる集団を見つけ、思わず3人は声を失った。
「……なんという大群ですか」
「多すぎだろ、いくらなんでもよお……」
「姫さんだけでも逃がした方がよくねえか?」
 唖然とする3人。普段は怖いもの知らずであるワリオとワルイージだが、こればかりは流石に腰が引けた。見る限り、ざっと100匹以上はいるだろうか。敵襲、と聞いてわずかに湧いた闘志がへなへなと音を立ててしぼんでいく。
 そんな彼らを、紅朱雀は意地の悪い目つきでじろりと睨み、煽るように鼻で笑ってこう言った。
「何だ貴様ら、そのような情けない顔をして。もしや、怖気づいたか?」
「あんだとう!?」
「貴様らの力を見せてみよ。まあ、我らには足元も及ばぬだろうがな」
「敵勢力の前でつまらんいがみ合いはやめぬか」
 翡翠白虎にたしなめられ、むっとしたように紅朱雀は顔をしかめる。どこか子供っぽいその表情は、その肉体だけに、普段のマリオにとても良く似ていた。
 やがてそんな顔も、ぐっと引き締まった凛々しい顔になる。それにつられて翡翠白虎も同じような表情になる。これも普段の兄弟とよく似たものだった。
 ふたりが、颯爽とバルコニーのフェンスの上に飛び乗って。
「さあ、来るぞ!」
 翡翠白虎の言葉に応えるように、『マリオ』の背中には、先程クッパとやりあった時と同じ赤い翼が、突如としてぱっと現れる。きらきら光る赤い火の粉をまとった翼。こんな時でなければ、誰もが言葉を忘れて見とれる美しさだった。
 そして、彼と同じように。
 翡翠白虎の両手首・両足首に、澄んだ緑色の雷が、腕輪のように現れて。ひと際強く光るその4つの輪から、更に何本もの稲妻が『ルイージ』の体をまとい、バリアのようになっていくのが見えた。
 両手の指を、力を確かめるように何度も握ったり開いたりした後。翡翠白虎は、ぐっと上半身を低く下げて、獣のような構えをとった。
 そう、まるで猛々しい虎のような。

 もうすぐそこまで迫って来ていた敵軍勢を見上げ、面白そうに紅朱雀は言った。
「先ほどは器に邪魔をされたが……器の力を試すいい機会だ。軽い小手調べと行こうか」
「これが小手調べだあ!? あんたら命知らず過ぎるぜ、いくら神サマだっつってもよお」
 ワルイージが思わず非難めいた声を上げる。
 その言葉にわずかに反応を見せたふたりは、ちらりと3人の方を振り返る。
 何も言わずにどこか悲しげな表情を見せる翡翠白虎を尻目に、紅朱雀は皮肉めいた笑みを浮かべて言った。
「命知らず、か。ふん、面白い事を言う」

「我らは人間に滅ぼされた身。命などとうにないわ」
 
 一瞬、耳を疑う。
「……あんだって?」
 ワルイージが聞き返そうとする間もなく、ふたりはフェンスを蹴って宙に舞った。

 赤い炎、緑の稲妻。
 二色の光が敵を次々となぎ倒していくのを、3人はただ呆然と眺めていた。
 時折ふたりが取りこぼした、ほんの数匹のわずかな敵を、ワリオかワルイージのどちらかが殴り倒す以外は、彼らの出番はほとんどなく。
「……強えーなぁ、あいつら。いつものあいつらじゃねえみてえだ」
 いくらかの時間が過ぎた時、ワリオはどこか退屈そうに、唇を尖らせてこう呟いたのだった。
「まあ、いつもの彼らではありませんもの。オリエント王国の摂理を統治する神々が、マリオとルイージに憑依しているわけですから」
 普段の彼らが使う力ともうまくリンクしているようです、と、ピーチは心から感心しつつふたりに言う。説明のようなその言い回しに、ワリオは「んな事ぁ今頃言われなくたって知ってるよ」と、再び不機嫌そうに唇を尖らせた。
「でも」 
 ふたりに聞こえないように、ワルイージは小さく呟く。
 ふたりが意識してこの話題を避けているのは分かっていたし、それに今この話をしてしまったら、何となく嫌な雰囲気になりそうだったから。
「神様の癖に、人間に殺されちまったんだよなあ」
 だから、人間である自分たちに対して、あんな高圧的な態度をとるのだろうか。いちいち自分たちに突っかかって来る理由も。
 そう考えると。
(……面白くねえなあ)

 紅朱雀が少しだけ明かした事実に驚いたのは、なにもワリオらだけではなかった。
 それは、神の意識に自分の意識を追いやられ、心の奥まで押し込められ、肉体を通じてその様子を見聞きしていた彼らにも、同じ事。
「あいつ、人間に殺された……そう言ったな」
「だからボクらに対して、あんな偉そうな態度をとってるのかな。……翡翠白虎は気さくな神様みたいだけど」
 どうやら彼らに憑依されると、器同士であっても、声に出さない意思疎通が出来るようになるらしい。
 紅朱雀と翡翠白虎の戦いの邪魔をしないように、マリオとルイージはなるべく声を潜めるように集中して、そんな会話をしていた。
「いろいろ事情がありそうだね」
「オリエント王国っつーところに行けば、何か分かるのか?」
「だったらいいんだけどね……うッ!?」
「ルイージ!? どうした!!」
 会話を遮って突然苦しみ出した弟の声を感じ、マリオは思わず声を荒げる。
 くぐもった声をあげつつ、ルイージはかすれた声で兄の声に応えた。
「く……い、今、突然脇腹辺りに衝撃が……いたた」
「何っ?」
 精神の中にまで敵がいるのだろうか。兄弟の間に緊張が走る。
 と、すかさずそこに、翡翠白虎の声が降って来た。
(すまぬ、避けきれなかった。大事ないか?)
 戦闘中だからだろうか、その声には荒い息が混じっていた。まだ本調子じゃないのかな、と、ふたりは薄々感じた。
「だ、大丈夫だよ。今のは一体?」
(憑依する我らと憑依される貴様らは、互いにすべての感覚を共有し合うのだ。それはもちろん、我らが痛手を受けた時も同じ事)
「あんた達がダメージを受ければ、オレ達もその分だけ同じダメージを受けるってことか?」
(左様じゃ。そしてそれは、そなたが表に出ている時も同じじゃ。痛手を受けすぎれば我らの意識は消えてしまう。そなたの命も保障出来ん)
 命は保証できない。その言葉で、自分が今異国の神と一体になっていることを実感し、ふたりは少しだけ背筋がぞっと寒くなるのを感じる。
 そこへ、紅朱雀がぴしゃりと力強くはっぱをかける声を降らせた。
(そら、無駄話をするでないぞ翡翠白虎!)
(おっと、その通りじゃった)
 そんな威勢のいい会話が聞こえたきり、突然ふたりの声はぷつりと途絶えてしまった。
「って、ちょっと? もうおしまい!?」
「あーあ。回線が切れちまったらしいな」
「……回線って、電話じゃないんだから」
 まったくもう、と、呆れたようなため息混じりの声が聞こえてくる。もう苦痛の色はないようで、マリオはほっと息をつく。
「さあてと」
 誰にともなくそう声を上げ、マリオは目の前の光景に視線を移す。
 異国の神々が見ている光景を、自分の肉体の中身に押し込められながら。
「あいつが解放してくれるまで、高みの見物といくかぁ」

 ルイージの体を借りた翡翠白虎を傷つけた一撃は、外界で戦いを見守る3人もしっかり目撃していた。
「今、ルイージに攻撃が当たってしまいましたが……!」
「結構深く入ったぞ、今。平気かよ」
 さっと青ざめるピーチと、柄にもなく心配そうな様子のワリオ。
「まあ平気だろ。あいつ、案外不死身だぜぇ」
 それはお互い様だろう、というセリフはあえて言わない事にする二人であった。
 赤い炎と緑の電撃を浴び、最後の1匹が地面目がけてまっさかさまに落ちていくのは、間もなく。

 飛び立った場所と全く同じ場所に、ふたりは軽やかにすとんと降り立つ。
 小さく息をついて、紅朱雀は満足そうに言った。
「初陣にしてはまずまずだったか」
「うむ。犠牲者なしの勝利とはいいものじゃ」
「犠牲者って……胸糞悪ぃこと言うんじゃねえよ」
 思わずワリオが顔を歪める。ワルイージが憮然と顔をしかめ、ピーチも悲しげに瞳を伏せる。
 そんな3人の様子に、翡翠白虎は申し訳なさそうに苦笑いをしたが、紅朱雀は相変わらず涼しい顔だった。
「貴様らは我らが生きてきた時代を知らぬ。だからそのような軽々しい事を言えるのだ」
「これ、紅……」
「我は疲れた。しばらく休む」
 翡翠白虎の叱責を遮り、そう言い捨てた紅朱雀は、ふいにすっと目を閉じた。
 ふわり、と、一瞬だけ、『マリオ』の体を赤い光の膜が包んで。
「……ふう……戻ったか」
 再び開いた青い瞳は、いつものつぶらな瞳だった。3人の口から、安堵の息がもれる。
「ああ、マリオ!」
「姫。ご心配をお掛けしました」
「申し訳ございません、このような事になってしまって」
「姫のせいではありませんよ。どうかお気になさらず」
 お互いを気遣いあうマリオとピーチの様子を見て、翡翠白虎は目を丸くした。
「ほう! 紅朱雀の中では粗暴な雰囲気じゃったが、そのような礼儀正しさも持ち合わせておるのか」
「……粗暴で悪かったな」
「けっけっけ。そぼろだってよー」
「お前の方が大概だろうが!! つかそぼろじゃなくて粗暴だ!!」
「いいぞー、もっと言ってやれ兄貴ー」
 けらけら笑うワルイージ、呆気にとられるピーチ。そんな様子を見て小さく笑うと、翡翠白虎は言った。
「敵襲前も言うたが……黒金大蛇を追って源国に参るのならば、そこの娘も連れて参るべきじゃ」
「え。ひ、姫も?」
「わしも紅朱雀も、完全に復活したわけではない。小金玄武と紫苑青龍に至っては、目覚めてすらおらぬ。源国にある我らの墓の前で、再び降臨の儀式を行わねばならんのじゃ。しかし……」
 一瞬だけピーチのほうをちらりと見てから、再び翡翠白虎は口を開いた。……どこか、躊躇するように口ごもってから。
「今宵のような敵襲は、恐らくこの国だけではない。降臨祭はどこの国でも行われているものじゃからの。恐らく我らをこれ以上目覚めさせぬよう、黒金大蛇は世界中にあのような魔物を放っておるはずじゃ。『召喚の儀』の術を持つ者のみを狙うよう命令してのう」
「何だって!?」
「そ、それでは……!!」
 話が見えてきた。しかしそれは彼等にとって、まさに想像を絶する悲劇。
 それを承知の上で、翡翠白虎は悲しげに顔を歪め、真実を告げる。

「ほとんどは根絶やしにされとるはずじゃ。生き残った者とて……数は決して多くない。探し出すのは骨が折れるじゃろうな」

 思わず4人は言葉を失っていた。
 彼等・四聖獣を目覚めさせない為に。自分たちが戦っている間に、すでにそこまでの手を回していたなんて。
 自分たちの知らないところで、大勢の人が戦い、傷つき、死んで行くなんて、そんなの。

「……なんてこと。酷い……」
「そなたのような高貴なるお方に、こんな惨たらしい話をして……ほんにすまん。しかし、事実じゃからのう」
 顔を手で覆って涙ぐむピーチに向かって頭を下げ、本当に申し訳なさそうに謝ったその直後。
 マリオらのほうを向きなおり、真剣な表情で翡翠白虎は言った。
「じゃから、そなたは彼女の傍らにいて、常に守れ。指一本触れさせるでないぞ」
「ルイージの姿で言われるってのが、なんだか複雑だが……」
 少しだけ苦笑いを浮かべてから、きりっと表情を引き締めて。大きくマリオは頷いた。
「そんなこと、あんたに言われなくとも分かってるさ」
 彼の言葉に応えるように、翡翠白虎も頷き返す。そして、やれやれ、と大きく伸びをした。
「わしもちっと疲れたのう。器の中でしばし休息させていただくぞ」
「おうおう。とっとと緑野郎に戻りやがれってんだ」
「はっはっは、口の減らない奴らじゃ。ほんに面白い……では、また何かあれば出てくるからのう」
 ワルイージの悪態にひるむことなくカラカラと笑って、そう言い残し。翡翠白虎も目を閉じる。先程のマリオと同じように、一瞬だけ緑のベールがルイージの体を包んで。
 やがて、今までその場にしっかりと立っていたルイージの体が、糸が切れたようにへなへなと崩れ落ちた。
「ルイージ!」
「大丈夫ですか!?」
「はあ、はあ……憑依って疲れるんだね」
 肩で大きく息をしながら、ルイージは脂汗まみれの顔を上げる。その表情は苦しげだったが、どこか晴れやかないつも通りの弟のもので。思わず、マリオはほうっと安堵のため息をつく。
 やがて、ルイージと視線を合わせるように屈んで、彼の肩を掴んで。今にも泣きそうに顔を歪め、マリオは口を開いた。
「……馬鹿。さっきは無茶しやがって!」
「う、ご、ごめん。あの時は夢中だったんだ。……だけど」
 少しびくりと肩を震わせ、それから申し訳なさそうに顔を伏せ。悲しげに唇をかむルイージ。
 それから、ぱっと顔を上げた彼は、いつしかマリオと同じ、怒りを含んだ険しい顔をしていた。
「でも、無茶をしたのは兄さんだってそうだよ! 深く考えないで紅朱雀を受け入れようとして!」
「ぐっ」
「さっき叱ったから、これ以上は言わないけど。ボク、もっと兄さんの力になりたいよ」
 いっつもお留守番ばっかりなんだもの。そう肩をすくめて見せると、マリオも同じジェスチャーをして見せた。

 やがて、ゆっくりとふたりはその場に立ちあがる。
 大きく長い溜息をついて、ルイージが唐突に口を開いた。
「それにしても、疲れたなあ。ダメージがリンクする分、負担も大きいみたいだし」 
「あまり長い時間、ふたりが表に出てない方がいいのかもしれねえぞ。こいつ、いつかぶっ倒れるんじゃねえの?」
「それはあいつらの気分次第ってやつか」
「気まぐれみてえだしなあ、紅朱雀とかいう赤い神さんは」
 あとの3人も口々に言う中、今までずっと目を伏せて考えていたピーチが、不意にぱっと顔を上げて口を開く。
 その表情は、力強く気高い気丈さにあふれていた。
「マリオ、皆さん」
「「あぁん?」」
「は、はいっ」
「何でしょう、姫」
 しっかりと話を聞く体制を作るマリオとルイージ。面倒くさそうに振り向くワリオとワルイージ。
 そんな彼らの顔を見まわし、彼女は口を開く。
「こんな私でよろしければ……」
 一緒にお供させて下さい、と言い終わるより前に。
「あの神さんと約束しちまったからな。今更『一緒に行けませんわっ』とか言われても困るっての」
「兄さんだけじゃなく、ボクらもついてます。あんな訳の分からない奴なんかに、絶対手出しさせません!」
「姫さんは姫さんらしく、しゃんとしてりゃあいいだろ」
「えっ……」
 自分が何かを言うより早く、矢継ぎ早に3人にまくし立てられて、ピーチは目を白黒させる。
 そんな彼女の前に、一人マリオが歩み出て。
 彼は突然。恭しく、ピーチの足元にすっとひざまづいた。
「オレたちに、あなたを守らせて下さい。姫」
「マリオ……」
「今の翡翠白虎の話を聞いて、より一層今回の事の重大さを思い知りました。この国にとってもオレたちにとっても、あなたは絶対に必要な存在なんです」
 ルイージも、兄の言葉に同意するように大きく頷く。
 ワリオとワルイージは……どこか神妙な顔で、マリオの話に耳を傾けている。
「だから、絶対にオレたちの側を離れないで。一緒にオリエント王国に行きましょう」
「……ええ。ありがとう」
 少し涙ぐんだ瞳を細め、ピーチは満面の笑みを浮かべた。
 雰囲気が少しだけ和やかになりかけた時。

「あああっ!!」

 いきなりそんな空気をぶち破ったのは、ルイージの素っ頓狂な叫び声だった。
「びびび、びっくりさせんなアホ! いきなりでけぇ声出してんじゃねえよ!!」
「ご、ごめん。でも、大変なこと思い出しちゃったんだ!」
「大変なこと? 何だそりゃあ」
 眉を潜めるライバルらとは対照的に、マリオとピーチは彼の言葉を聞いて、途端に険しい表情になる。
「ルイージ、まさか!」
「うんっ」
 マリオの言葉に大きく何度もうなずいて、ルイージは兄に向かって訴えかけた。
 自分とごく親しい間柄にある、『彼女』を想って。

「サラサランドは……デイジーは大丈夫かな!?」

 

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