ルイージのその言葉を聞いて、ワリオもワルイージも、唖然と目を見開いた。
「あー!!」
「あのおてんば姫さんか!!」
緊迫した顔で、ルイージはこくりと頷く。
と、不意に浮かんだ疑問を、ワルイージがヒゲをいじりながら口にした。
「あいつ、召喚の力持ってんのか? てか、あの国でも降臨祭やってんのかよ?」
「うーん、そんな話聞いたことないけど……」
「でも、翠(ミドリ)は『降臨祭はどこの国でも行われてる』って言ってたし、あり得るんじゃないか?」
「「「は?」」」
聞き流しそうになったものの。
マリオの口から、ごく自然に飛び出たその単語に、3人とも思わず固まってしまう。
が、ピーチのみはそれには一切気がつかず。
「ええ、だとしたらやはり彼女の身にも危険が……」
「って待て待て待てこの天然女ぁ!!」
さらりと聞き流した彼女に、鋭くワルイージが突っ込んだ。
きょとんとするマリオに、ルイージが目を白黒させながら、上ずった声で尋ねる。
「に、兄さんっ? 『ミドリ』って、まさか翡翠白虎のこと?」
「ああ。翡翠白虎って、長ったらしくて言いづらいだろ? だからちぢめて、『翠』」
「……ちぢめすぎだろ」
「……そのまんますぎだろ」
ふたりが声を揃えて冷ややかな突っ込みを入れた直後。
突然、「痛ってぇえええ!!」と悲鳴に近い叫び声を上げ、マリオが頭を押さえてその場に屈みこんだ。
ルイージもそれに続くように、うめきながら耳を押さえ、その場でふらふらと足をふらつかせている。
何事か、とワリオたちが駆け寄ろうとしたとき、不意にがばっと起きあがったマリオが怒鳴る。
「何すんだ紅(ベニ)!! いきなり頭の中で大声出すんじゃねえよ!!」
「ぼ、ボクは関係ないのにぃ……」
「……紅朱雀にまであだ名つけてたのかよ」
「小金玄武と紫苑青龍とかいうのにも、つけるんだろうなこいつ」
「それでマリオ、ルイージ。紅朱雀はなんと?」
憑依した人間にしか聞こえないというのは、なかなか不便なものだ。
純粋な興味と好奇心からそう尋ねたピーチに向かって。
未だに痛む頭をさすりながら、マリオは恨めしげに答える。
「『我が同胞に勝手にふざけた名をつけるでないわー!!』って、すげー怒られました」
「……ま、まあ。それは、その」
「姫さーん、無理にフォローしなくていいからなー」
ややひきつった笑顔で、言葉を探すように目を泳がせるピーチに。
ワリオが、普段とはがらりと違う冷ややかな声を浴びせかける。
「お前ぇアホか? そりゃ怒るだろ、あの神さんだったらよ。オレだったら一発ぶん殴ってたぞ」
「やー、お前にだけは言われたくなかったなあ『アホ』なんて。それにだな、精神体にぶん殴られてもきっと痛くもかゆくもないぞ」
「そういう問題じゃねぇよ!」
「おいルイージ、翡翠白虎はこのアホどもになんつった?」
心底呆れた口調でワルイージにそう尋ねられ。
ルイージは、苦笑いして肩をすくめながら答えた。
「『やはり面白い男どもよのう』って、カラカラ笑ってたよ」
「『ども』ってなんだよ! オレを巻き込むんじゃねえよ!!」
マリオの脳天にげんこつを一つ落としながら、ワリオが盛大に怒鳴った。
一夜明け。
キノコタウンの港で、4人の男達は、それぞれの表情で目の前の光景を眺めていた。
「あぁああ姫!! 危険です、じいは心配でございます、行かないで下されえええええ」
困り果てた顔をしたピーチの体にしがみつきながら、まるで子供のわがままのようにそのような台詞を連呼し号泣する執事。
周りのキノピオらも、止めようとは思いつつも手を出せないようで、ただうろたえるばかり。
「おーい、いつになったら出港できんだよー」
「このまま明日になっちまうんじゃねぇだろうなー?」
「……ごめんなさい。私が生まれた頃からこの調子なのです」
ワリオやワルイージの皮肉に、苦笑いしながらこうやんわりと返して。
頭のカサを撫でながら、ピーチはゆっくり優しく、足元でわんわん泣くキノじいに語りかけた。
「ごめんなさい、キノじい。でも、マリオたちがついているからきっと大丈夫。行かせてください」
「し、しかし姫ぇっ」
「大丈夫だよ、キノじい。兄さんの実力は分かってるでしょ」
「今日はルイージも、こいつらだっている。怖いもんなんてなんもないさ」
ルイージ、マリオの力強い言葉に、はっと顔を上げるキノじい。
やがて、申し訳なさそうに項垂れ、力なく半ば諦めに近い言葉を紡ぐ。
「……そう、ですな。いつもわしらはそなた達に助けられてばかりですじゃ」
「今更だけどな」
ワルイージがぽつりと呟いた言葉は、老人には届かず。
やがてすっくと立ち上がったキノじいの顔は、今までの駄々をこねていた彼とはがらりと変わった、凛とした表情だった。
「皆さま。姫をくれぐれもよろしく頼みますぞ」
「はい」
「は、はいっ」
「「へいへーい」」
船が港を出てから、やや時間が経った頃。
『……あの老人は馬鹿か?』
マリオとルイージの頭の中で、心底呆れかえった紅朱雀の声が響いた。
嫌悪感を隠しもしないストレートなその言葉に、思わず二人とも苦笑いしてしまう。
「やっぱり紅朱雀はそう思っちゃうんだね」
『ああ、心底そう思うな。年甲斐もなくぎゃんぎゃんわめきおって、鬱陶しい事この上ないわ。いくら姫君の身を案じているとはいえど、今はあのようなわがままを言うべき時ではなかろうに』
「あれがキノじいってじいさんの真骨頂だよ。聞こえないからってあまりそう意地悪言うなよなー、紅」
『ええい、その呼び名をやめろと何度言えば分かる!』
「いいだろ別に、減るもんじゃないし!」
「精神体相手に喧嘩ふっかけないでよ、もう」
むきになるように声を荒げるマリオをたしなめつつ。
ルイージは、今までずっと黙っていた翡翠白虎に言葉を投げかけた。
「翡翠白虎も紅朱雀みたいに、キノじいのこと『馬鹿みたい』って思う?」
『いんや、わしはそうは思わんよ』
ルイージの問いかけに、ゆったりとした翡翠白虎の声が答える。
『ほんに、かの姫君が大事なんじゃろうなあ。大切な者の身を守る為ならば、あないな情けない姿になろうと、形振り構わず引き留めようと思うもんじゃ』
「大切な人の為、か」
その言葉を噛みしめるように、マリオが呟く。
「オレたちも、この冒険でいつかそんな選択を迫られるのかな」
「……そう、なのかなあ」
悲しげに、ルイージも俯いた。
見えない相手と会話する兄弟達を。
ワリオとワルイージは、船室の窓からぼんやりと眺めていた。
「あいつらだけに声が聞こえんのって、どんな気分なんだろうなぁ」
「知らねえよ。オレらだって、昨夜の祭りでああなれる予定だったのによ。とんだ邪魔が入ったもんだぜ」
「本当に申し訳ありませんでした」
「「うおわ!!」」
いきなり背後から話しかけられて、思わず二人とも飛び上がってしまう。
話しかけた本人も小さく悲鳴を上げ、その悲鳴で、二人ははっと我に返った。
「あー。わ、悪いな。姫さん」
「い、いいえ。こちらこそ、驚かせてしまってごめんなさい」
「で?」
鼻をほじりながら、ワリオがピーチの顔をじろりと睨みつける。
「俺らに何の用だい、姫さん」
そう尋ねられ、しばらく言いにくそうに視線を泳がせていたピーチ。
やがて、彼女はいつも通りの穏やかで高貴な笑みを浮かべながら、ゆっくりと語り出す。
「……あなたたちは、よく私の開催するお祭りで、何かと騒ぎを起こしますね」
「ああん? 文句でも言おうってのかよ」
「いいえ」
睨みをきかせる二人に、ゆっくりとかぶりを振って、ピーチは言葉をつづけた。
「方法はともかく、あなたたちが介入することによって、民も喜んでいる事にお気づきですか?」
「「へ?」」
「あなたたちやマリオたちがいるだけで、皆よりいっそう楽しくなれる。あのような強引な手段をとらなくとも」
ぽかんと呆気にとられるふたりに。
彼女は、優しく穏やかに微笑みかけながら、言葉をつなげた。
マリオやルイージ、そして彼らの友人たちに等しく向けるものと、同じ笑顔で。
「降臨祭が台無しになってしまったお詫びと言っては何ですが、帰国した際には盛大な凱旋の祭りを行うよう、キノじいに手配してあります」
「……あんだって?」
「今度は、マリオやルイージといがみ合うこともなく、勝ち負けも何も考えず、純粋に心から楽しんでみませんか。その方が、きっと今までよりもずっと楽しくなれると思いますわ」
「……おめえ、やっぱキノコ王国の姫なんだな」
しみじみと、ワルイージが呟いた。
「あんたみたいな奴に想われて、キノピオどもはさぞ幸せだろうよ」
「だな。クッパの野郎とはわけが違うぜ。だから、あんな訳分かんねーのに取り憑かれちまうんだよ」
両手の指をぼきぼきと鳴らしながら、ワリオも言う。
大きな顔いっぱいに、意地の悪そうなふてぶてしい笑みを浮かべて。
「マリオの野郎に手を貸すのはちょいと癪だがよ。一発ぶん殴って、目ぇ覚まさしてやんねーとな」
「おお、兄貴の言うとおりだぜ。姫さんもちったあ協力しろよ?」
「ええ、もちろんですわ」
粗暴な言葉の裏に隠れたふたりの優しさを、しっかりと噛みしめて。
ピーチは、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、ふたりとも」
放置申し訳ありませんでしたー!!;
なかなかアイデアの神様が降りてきませんでした。w
次回はデイジーちゃん出演予定……ということで、次回もゆったりまったり世界観でお送りすることと思います。
異国にはいつ行けるのか…… orz