目の前が緑色に塗りつぶされていく。
弟が光の中に手を突っ込んだ次の瞬間、マリオはそんな風に思った。
かすかに聞こえるのは、荒れ狂う風の音と轟く雷鳴。
弟が潜在的に持つサンダーの力と、互いに引き合っているのだろうか。
「うぅっ、あ……!」
雷が身体を焼き焦がすような、そんな苦痛の声で。はっとマリオは我に返り、慌ててルイージの側に駆け寄ろうとする。
「ルイージっ!?」
が、自分が足を踏み出そうとするより早く。
「来ちゃ駄目……っ! ボク以外は、駄目だ!!」
ぴしゃりと、痛みを必死に堪えるようなルイージの声に遮られる。
彼自身の確固たる意志を汲み取り、マリオはそれ以上そちらへ近づこうとはしなかった。
(そうだよ、な。この苦しみは、何より一番オレが分かってる)
それはそうだ。自分は、つい先程この現象を、身をもって体験しているのだから。
(でも……それをオレは、黙って見ていられるのか?)
「おいっ、マリオ!!」
いきなり後ろから怒鳴られ、素早くマリオは振り返る。憮然とした顔をしたワリオが、こちらをジト目で睨みつけていた。
「てめえがあいつに『大丈夫』って言ったんだろうが。さっそく前言撤回してんじゃねぇよ」
「……そうだったよな。すまん」
「けっ。てめえに謝られるなんざ、慣れなくて反吐が出らぁ」
憮然とした表情は崩さないまま、ワリオは唇を尖らせてこう返した。
声が、聞こえる。
(そなたは、優しい男だ)
「う、……?」
(紅朱雀が悪い事をした。奴に代わって詫びよう)
雷に身を焦がされ、烈風に身を斬られるような感覚を全身に浴びながら。
ルイージは、痛みに歪む顔をゆっくりと上げた。……当然だが、誰もいない。緑色に輝く圧倒的な力の束と、自分たちの危機など知る由もない星空があるばかり。
そんな荒れ狂う空間の中で聞こえるその声は、威厳あふれる中にどこか穏やかなものが見えた。それは自分の周りにある雷と風の激しさからは、とても想像がつかないもの。そんな口調と言いまわしの中に、ルイージはほんの少しだけ兄・マリオの面影を見た。
(奴めも驚いてたようだが……ここまでわしの力に近い素養を持ってる奴は、そなたが初めてじゃ。黄金玄武も紫苑青龍も、きっといい奴に出会えたろうに。それがまさか間に合わなかったとは……)
「何を……言ってるの?」
(少しばかりそなたの体、借りるぞ。案ずるな、後ほどしっかりそなたに返してやる)
「ねえ、だから何を……ッ!?」
噛み合わない会話に若干苛々しながら言い返そうとした次の瞬間。胸の奥から、何やらすさまじい力が溢れだすのを感じ、思わずルイージは胸を押さえてその場にうずくまってしまう。
心が擦り減らされるような感覚。意識がどんどん遠ざかる。
(兄さんも……こんな感覚を味わっていたんだね)
皮肉めいた笑みをぽろりと零して、ルイージは目を閉じた。
荒れ狂う力が静まり、自分の中にすっと収まって行くのを感じながら。
光が収まった。
先ほどまでの荒れようが嘘のように静まり返ったバルコニーには、ルイージがただ静かにその場でうずくまっているだけで。
ひょっとして失敗したのだろうか。恐る恐る、マリオは弟の背中に声をかけた。
「……ルイージ?」
「いるのだろう? 紅朱雀」
『!?』
マリオの呼び掛けに応えるより早く、ルイージはしっかりと立ち上がってこちらを振り返った。
声や姿はルイージのままなのに、その時点で彼のまとう雰囲気は、がらりと変わっていた。気品とかそういう現実的な部類を通り越して、神々しいほどに。その雰囲気を見て、ワリオとワルイージは。つい先程のマリオの姿と今のルイージの姿を、思わず重ねていた。
いや、違う。今の彼は『ルイージ』ではない。
ピーチも言ったその名前。あの場で彼女が呼びだす事の出来た、もう一人の四聖獣。翡翠白虎だ。
戸惑いながら口を開いたのは、ワルイージだった。
「く、紅朱雀は……消えちまったんじゃねえのか?」
「分からぬのか? 『器』が意識を無理やり押し込めようとしたおかげで、『器』自身の能力そのものに定着してしまったのじゃ。まあ無理にそうしようとせんでも、わし等がやろうと思えば簡単に出来てしまうのだが」
「えーと……」
「つまり、今も紅朱雀は『器』の中におり、わしらの姿を見ている。そういうことだ。とんだ無駄骨だったのう」
そう言ってカラカラと笑う。3人はただその場に立ち尽くして呆然とするばかり。
自分自身、何度かの冒険でそういう非現実的なものに出くわしているとはいえど、やはりそう簡単に信じられる事ではないのだ。
言葉を失っていると、翡翠白虎はマリオのほうに視線を向け、意地の悪い笑みを浮かべて見せる。それこそ本来のルイージならば、ほぼ絶対に浮かべる事のない表情だった。
「それならば、わしの声が聞こえないはずはないじゃろう? ……紅朱雀、表に出て来い」
「表? ……うっ」
またしても聞きなれない言葉を発し、皆が疑問符を浮かべたその時。突然、マリオが胸をおさえながら、その場にくず折れたではないか!
慌てて悪友義兄弟が彼の側に駆け寄った。
「おい、なんだ? いきなりどうした!」
「マリオ!?」
「……しばらくの間に随分意地の悪い性格になったものだな。翡翠白虎よ」
先ほどの苦しみようが嘘のようにすっくと立ち上がったマリオが、静かにそう言う。冷ややかなその言い回しの台詞を聞いて、ワリオもワルイージも驚愕した。
「な、その口調! 紅朱雀のっ」
「何を驚いている。我があの程度で消えるとでも思ったか」
「いい加減『器』に喧嘩を売るのはやめぬか、紅朱雀」
涼しい顔で言い放つ紅朱雀をぎろりと睨みつけ、翡翠白虎がたしなめる。
「今が万に一つの非常事態だということぐらい、そなたならば分かるじゃろう? いい加減その人間嫌いを直せ」
「我に人間を好きになれとでも言うのか、貴様は? それこそ万に一つもあり得ない事象だ」
「っておいこら! 俺たちのライバルの体使って喧嘩すんじゃねぇよっ」
ワリオが、険悪なムードが漂い始めたふたりの間に割り込んだ。ワルイージもピーチも、ふたりのほうを憮然と睨んでいる。
ぐっと言葉に詰まったように顔をしかめる紅朱雀。翡翠白虎は「それみろ」と小さく呟き、ワリオらの方に向きなおる。
「……今日という祭りの日に、このような事になってしまって、誠に申し訳ありません。あなた方のお怒りももっともです。しかし」
今までずっと黙って様子を見守っていたピーチが、ゆっくりと顔を上げ、ふたりのほうをしっかり見据え、言った。
「今回の事件をおさめるには、あなた方だけではなく、他のふたりの四聖獣のお力も必要となります。あなたがたの肉体が眠る地についてご存じありませんか?」
「ほう。それでわしは一足遅れてそなたらの前に現れたということか」
納得したように大きく頷く。
一呼吸おいて、翡翠白虎は再び口を開いた。
「わしらの故郷と言える国は、ここよりはるか東にある。『
「ふん、過去を忘れようとするのは人間どもの悪い癖だ。……今は『オリエント王国』とかいう名前になってしまったようだな」
遠い昔を懐かしむように目を細める翡翠白虎に続き、紅朱雀が静かにそう吐き捨てた。
数秒ほど考え込んだ後、ワルイージは「あー!」と、思い出したように両手を打ち合わせた。
「あの変わった服着た連中の国かあ。前に町の本屋からネコババした雑誌に書いてあった気がするぜ」
「……わ、私もキノじいから聞いたことがあります。私たちと比べると、やや特殊な文化を持っているようですね」
聞き捨てならないセリフが混じっていたような気もするが、罰するのは落ち着いた後でもいいだろう。そう勝手に結論付け、ピーチも頷いて彼に賛同した。
「そこに行けば、残ったふたりに会えるのか?」
「ふん、貴様らだけが行ってもどうにもならんわ。たわけ」
「たとえ我らが『表』に出たとしても、わしらが彼奴らを直接たたき起すことは出来ん。昨晩と同じ召喚の儀を行うべきじゃ。そこの娘が共に行くか、源国で召喚の術を持つ者を探すしかないじゃろうな」
「ほうほうなるほど。で、姫さんはどうすんだい?」
鼻をほじりながらワリオにそう尋ねられ、ピーチは少し言葉を詰まらせた。
自分はこのキノコ王国の気高き姫。自分の意志だけで勝手にこの国を離れることは絶対に許されないこと。特に、執事であるキノじいは、遠い異国への彼女の外出を決して許さないだろう。
クッパは、方法はともかく、四聖獣の敵である黒金大蛇に乗っ取られている。彼の目的は四聖獣だけなので、今のところ彼に自分が狙われる心配はない。しかし、今やピーチの敵はクッパひとりだけではないのだ。
しかし、自分は四聖獣の魂を呼び出す術を持っている。それに何より、これは彼ら4人にとって、きっと危険が伴う旅になる。
彼女自身の立場として、これを放っておくことはとても出来なかった。
「出来ればついて行きたいですが……私は」
「ついて行きたい? そうじゃねーだろ、ついて来いよー。どれだけ広いか分からん王国でたったひとりを探し出すなんて面倒なこと、俺はごめんだぜ」
「ええ、私個人としてはそうしたいのですが、私にはこの国を治める責務が……」
「ん? おい!」
立場と私情との間で揺れる彼女の言葉を遮ったのは、今までつまらなそうにバルコニーの向こうを眺めていたワルイージの声だった。
「あっち、確かクッパの野郎が飛んでった方向だよな。そっちから何か来る!」
「まあ、本当ですか?」
「ただの鳥なんじゃねえのかぁ?」
「む? ……もしや!」
彼の言葉を聞き、聖獣らの顔色がさっと変わる。ふたりはすぐにバルコニーに駆け寄り、ワルイージの示した方向をじっと凝視した。
やがて、ふたりの顔つきが険しくなる。紅朱雀が、小さく「やはりな」と呟いた。
「これで、小娘は我らと行かざるを得なくなった」
「そのようじゃ。黒金大蛇め、小癪な真似を!」
「おいおい、何がどうなってるんだよ?」
「器ども。呆気にとられている暇があるならば、構えろ!」
ふたりが、ワリオらのほうを振り返る。
その顔は、どこまでも真剣だった。
「敵襲だ!」