紅朱雀

 普段の彼とはまるっきり違うその言い回しで。
 今、彼は何と言った?
 3人とも、その意味を理解出来ずにいた。

「くろ……あんだって?」
「……兄さん」
 ワリオが首を捻る傍で、ルイージはただその場で硬直していた。
 だって、いつもの彼とは明らかに違ったから。口調だけではない。彼がまとう雰囲気そのものが。
 バルコニーの手すりの上に飛び乗り、しっかりとクッパの顔を見据え。マリオは静かに、自分を見下ろす『魔王』と、普段の彼等らしからぬ言い回しの会話を交わしていた。
「我ら四聖獣が揃わぬうちに復活してしまうとは。やはり今までの『器』では、我らの魂を担うほどの度量は無かったということか」
「くくく……全くだな。在りし日の力はこれまでで皆無に等しかった。我を戒めていた封印も、日に日に弱っておったわ!」
「だが、それももう終わりだ」
「……何?」
 怪訝な顔をし、クッパが聞き返す。
 自分の体を満足そうに見下ろして、マリオは言った。
「こ奴は今までとは違う。我が『火』の力が身体によく馴染んでおる。今にこの『器』は完全に我が魂の支配下に置かれ、今までで最大の力を発揮するだろう。その時が貴様の最期だ、黒金大蛇」
「何だって!?」
 その爆弾発言に驚愕し声を荒げたのは、クッパではなくルイージで。それに少しの疑問を抱き、マリオはルイージのほうを振り返った。
「何だ、貴様は。何故貴様が驚愕する」
「兄さんを……どうしたの」
「何? ……ああ、なるほど。貴様はこの『器』の血縁者ということか。そして……翡翠白虎の『器』」
 納得したように数回大きく頷いて見せ、マリオは人を嘲るような不快な微笑を浮かべた。それこそ、つい先ほどまでの彼ならば、絶対にその顔に出ることはなかったもの。
「どうした、何をしている。貴様も選ばれし者ならば早く翡翠白虎と共鳴をしろ」
「ボクは『兄さんをどうしたの』って聞いてるんだ!」
「……」
 自分の命令をぴしゃりと跳ね付け、同じ質問を繰り返す。
 その確固たる姿勢を見て、マリオは……いや、紅朱雀は。
 ふん、とその凛とした姿を、軽々と鼻で笑いとばした。
「話にならん。『器』は『器』らしくその役目を全うするべきだというのに」
「兄さんっ!! ねえ、返事をしてよ兄さん!!」
「さあ、黒金大蛇よ」
 必死に呼びかけるルイージの声には耳も貸さず、紅朱雀は頭上のクッパをキッと睨みつける。……その直後。
 紅朱雀の魂を憑かせたマリオの体に、ふわりと赤い揺らめきが見え。
 そして、次の瞬間。彼の背中には、不死鳥を想わせる紅蓮の翼が煌々と輝いていた。
「数多の罪を犯した貴様の魂……その身体ごと滅する! 覚悟せよ!!」
 迷うことなく、空中へ足を踏み出す。背中に現れた翼を器用に操り、紅朱雀は一気に空飛ぶ帆船の近くまで舞い上がった。
「くくく……来い! 貴様一人で何が出来る? 翡翠白虎に貴様の死にざま見せつけてくれようぞ!」
 クッパも立ち向かう。
 船の上で、激戦が幕を開けようとしていた。

「……お、おいテメェ」
 黙ってふたりの険悪なやり取りを見ていたワルイージが、恐る恐る俯いているルイージに声をかけた。
「テメェも、あいつが言ってた『共鳴』ってのしてよぉ、加勢したほうが……」
「嫌だよ」
 答えはすぐに帰ってきた。
「おいっ!」
「嫌だよ! あんな奴に加勢するなんて!!」
 ぱっと顔を上げ、ライバルを睨みつける。兄と同じ青い瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
「君たちに分かる? 血を分けた兄弟があんなにも豹変してしまったことがどんなに辛いことか! 君たちに、今のボクの気持ちが分かる!?」
「ルイージ……」
「このままあいつの意識に呑まれて、兄さんが消えるのは嫌だ。でも、兄さんを消してしまおうとしているあいつに協力するなんて、もっと嫌なんだよっ!!」
 ピーチが悲しげに顔を歪めている。
 姫を守るために、自らの意識を消されようとしている兄。それを黙って見ているしか出来なかった弟。
 彼の悲痛な叫びがバルコニーにこだまする。
「ボクだって……どうしたらいいか分からないんだよぉっ」
 ぽろぽろと涙が零れる。
 行き場のない怒りと悲しみは、定まらないままぐるぐるとバルコニーを駆けずり回る。
「君たちがやればいいじゃないかっ! これは、何もボクだけが出来る事っていうわけじゃ……」
「そいつぁ……そいつぁ違うだろっ!」
 そんな流れをせき止めたのは、紫の服を着た細身の男の一喝だった。
 はっとルイージが、途切れることなく混乱の叫びを発していた口を閉じる。
「そうさ、オレ達は実の兄弟ってわけじゃあねえ。だからこそ、赤野郎を正気に戻す役目はテメェにしか出来ねえんだよ! それにその緑の光に触れたからって、完全にあいつの味方になっちまうとは限らねえだろうが!!」
 激情を心のままに唇に乗せ、ワルイージは一気にまくしたてる。
「……ワルイージ」
「心配すんな。馬鹿正直なテメェのこった。心まで悪役にはなりきれねぇさ。赤野郎がクッパを殺しちまう前に、一発ぶん殴ってやれよ」
 最後の台詞は、妙に優しかった。が、その言葉は紅朱雀の言った言葉の意味をありありと見せつける。

『身体ごと滅する』兄の体を借りた奴は、そう言った!?

「……駄目だよ。やっぱりこの光はまだ触れない」
「あん?」
「兄さんを元に戻すのは、ボク自身のやるべき事だから」
 そう言って、ルイージは強くバルコニーの床を蹴り、一気に空高く跳躍した。
 緑の服を着た体はみるみる上昇し、あっという間に紅朱雀とクッパがいる船の浮かぶ高度にまで達する!
 意外な登場に、切り結んでいた二人も驚きのあまりに固まった。
「なっ、貴様は!?」
「兄さああああんっ!!!」
 紅朱雀が何かを言うより早く。

 優しい弟は、兄の体に思い切り抱きついた。

「お、おいっ!?」
「無茶しやがるなあ……」
「ルイージ!!」
 3人の声が遠くに聞こえる。随分高いところまで飛んだんだな、と、必死にしがみ付く中で、ルイージは思った。
「な、何をする! 邪魔だ、離せ!!」
「嫌だ、絶対離さない! ……兄さん!!」
 今手を離せば、自分は遠く離れた地面にまっさかさま。それに何より、声がマリオに届かない。
 自分の思いのたけ全てをぶちまけるように、ルイージは必死に呼びかけた。
「ねえ、聞こえてるだろ!? ボクだよ、ルイージだよっ! お願いだ、返事をしてえっ!!」
「ぐっ……う!」

 何故だ。
 今までで最高の共鳴率を誇っていたというのに。
 何故、定着しかけていた精神が、揺らぐ?

「……ぅ。ルイー……ジ?」
「!! 兄さん!?」
 かすかに聞こえたその声を、ルイージは聞き逃さなかった。
 ああ、いつもの声だ。少しだけだけれど、戻ってきた!

 頭ががんがんする。
 さっきから頭の中でわめくのは、ついさっきまで自分の体を借り、許し難い行為をしていたもの。
 彼は関係ない人物ごと、誰かを滅ぼしてしまおうとしていた。そして何より、自分の家族を傷つけた!
(邪魔をするな……『器』の分際で……!)
「そいつぁ悪かったな。でも家族が呼んでたら……答えないわけにはいかないだろ!!」
(……くっ)
「安心しろ、消え去れとは言わない。せめてオレの中で大人しくしてろ……!」

 紅朱雀の意識が消えた事を現すかのように。
 マリオの背中で輝いていた翼が、突然消え去った。
 それと同時に、二人の体は重力に引かれ、がくんと落下を始める。
「うわあああっ!!」
「おいっ!!」
 反射的にワルイージが駆け出し、細身の体を精一杯のり出した。
「手ぇ、伸ばせ!!」
「う、うんっ」
 反射的にマリオと手をつなぐ体制を作り、ワルイージの伸ばしてくる手に向かって精一杯手を伸ばす。伸ばしあった手と手は近づき、やがてしっかりと握られた。
「おい兄貴、手伝え!」
「お、おうっ」
 声もなく彼らの行く末を見守っていたワリオが、慌ててバルコニーに駆け寄る。
 二人がかりで、兄弟の体はどうにかバルコニーの上に引き上げられた。
 4人はぜえぜえと肩で息をする。心配そうにピーチが4人の顔を覗き込む。
「あの、大丈夫ですか……?」
「この様子を、見てっ、大丈夫に、見えんのかっ、てめぇはっ!」
「はぁはぁ……いいんだよ、ワルイージ。無事だったんだもの」
「……ルイージ」
 そっと、しっかりつないでいた手を離す。それと同時に。
 突然、ルイージは思い切りマリオにしっかりと抱きつかれた。
「ごめんな。あいつを通して、見てた。見てただけで、何も出来なかった」
 あいつと言うのは、言うまでもなく紅朱雀のことだろう。
 肩が小刻みに震えている。
 涙を必死にこらえているのだろう。
「いいんだよ、兄さん」
 戻ってきてくれたのが嬉しくて。それに何より、兄の想いが嬉しくて。
 そっと、兄の体を抱きしめ返した。
「こうして、戻ってきてくれたんだから」
「……おい。感動の再会はいいけどよお」
 ワリオが唇をとがらせつつ話に割り込んできた。突然恥ずかしくなり、ふたりは慌ててお互いの体から離れる。
「な、なんだ?」
「紅朱雀が消えちまっただけで、事態は全く解決してねえんだが」

 そう。
 彼らの頭上には、まだあの忌まわしき帆船はあったのだ。



To be Continued.

 

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