あっと言う間に時間は過ぎて。
空に星たちが見え始めた頃、ピーチ城前の広場には、町じゅうのキノピオたちが集まり、王国を治める美しき姫君が現れるのを、今か今かと心待ちにしていた。
バルコニーに備え付けられた舞台の下で、椅子に腰かけたマリオらは、階下にひしめき合うキノピオたちの姿を眺めていた。……約2名は、すさまじくだらしない姿勢だったが。キノじいらが迷惑そうに顔をしかめるのにも、どこ吹く風である。
だらけきった二人の姿に苦笑いしつつ、普段どおりの桃色のドレスに身を包んだ金髪の女性……ピーチ姫は、マリオ・ルイージ兄弟の前で表情を曇らせていた。
「二人とも。突然こんな事を頼んでごめんなさい」
「いいえ、お構いなく。祭は大好きですから!」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」
マリオの言葉を聞いて、ほっとしたように微笑を浮かべ、ピーチは言った。そんな彼女の視線が、兄弟の後ろですっかりリラックスしている二人組のほうにちらちら向けられているのを、マリオは見逃さない。
「……あのな。ふんぞり返るのはともかく、鼻くそほじるのはやめろよ。姫の目に毒だ」
「そ、そうだよ。行儀悪すぎだって」
「あぁん? オレ様たちはこれから降臨祭の主役になるんだぞ。どうしようとオレ様たちの勝手だろうが」
「そういうこったい。主役にやる気出して欲しいんならうだうだ文句言うんじゃねーぞ、桃姫さんよぉ」
マリオたちの言葉に、悪びれる事もなく堂々と言い放ったふたりの台詞を聞いて、キノじいの顔がたちまち真っ赤になった。
手に持っていた杖を振り上げて、ワリオ突っ込む勢いである。
「何と失礼な! 主役は他でもない姫様ですぞ! 姫様のお心に感謝しないばかりかそのような暴言をっ」
「わわ、キノじい落ち着いて!」
慌ててルイージがキノじいの前に立ち上がり、肩を押さえてどうにか落ち着かせようとする。
どうにか乱闘は避けられたものの、キノじいはふうふうと荒い息使いで、敵意をむき出しにした視線をワリオに向けていた。前途多難である。
ワリオとワルイージの様子をうかがいながら、ルイージはそっと声を潜め、キノじいに尋ねた。
「……こんな事になるなら、あの二人呼ばなきゃよかったのに。どうして呼んだの?」
「はあ、それが……」
ルイージの言葉に苦笑いしつつ、説明しようとキノじいが口を開いた時。
城壁の上に立っていたキノピオ兵士たちの吹き鳴らすラッパの音が、広場に鳴り響いた。広場から歓声が上がる。
「……仕方ありませんな、説明は後ほど。さあ姫様、参りましょう」
「ええ。それじゃあ皆さん、また」
「「はい」」
大きくマリオとルイージが頷いたのに微笑み返して。ピーチはキノじいに手を引かれて、舞台に上がって行った。再び広場から大きく歓声が上がる。
キノじいにマイクを手渡され、ピーチは舞台の真ん中に立つ。
「皆さん。今夜は私たちの為に……そして何より【四聖獣】様の為に来て下さって、本当にどうもありがとう」
「……四聖獣? 属性の神様って奴の事か?」
「……そうみたいだね。動物の姿をした神様なのかな」
舞台の外に声が漏れないように、マリオとルイージは顔をつつき合わせてひそひそと声を潜める。ワリオとワルイージのほうは、そんなものには全くもって興味はなさそうだ。「出番まだかよー」と、退屈そうにひとりごちている。
「これから先、王国が……そしてすべての世界が、大いなる属性の加護にあるように。今ここに、四聖獣降臨の儀式を執り行います」
そう言ってから、ピーチはキノじいにマイクを返し、一歩前に出て。
よく通る声を上げ、ここにいる全ての人に届くように、唱えた。
「気高き『火』よ!!」
細身の体から、こんな良く通る声がでるものだろうか。決して騒々しくない声が、耳に心地いい。
と、マリオがそう思っていた時だった。
ピーチの声に応えるように、舞台の上に。炎のように赤く輝く何かが、どこからともなくぱっと現れたではないか!
それを見て、思わずマリオは立ち上がる。
「に、兄さん?」
「おいおい、どうしたよ。今になってあがったか?」
弟の声も、自称ライバルの声も、まるっきり耳に入らないまま、マリオは立ち尽くして。
ただ、舞台の上でゆらゆら揺れる赤い光を、じっと見つめていた。
どうしてあんなにドキドキするんだろう。
あんなもの、見たこともないのに。
……いや。
だからこそ、なのか……?
「どうせ、姫さんの魔法か何かだろぉー。なーにを驚いて……」
「穢れなき『風』よ!!」
ワルイージがそう毒づく間にも、儀式はどんどん進行していった。
次のピーチの声と共に、またしても舞台の上に何かが現れる。
澄んだ緑色に輝くそれを見て、今度はルイージの目の色が変わった。
「お、おいおい……お前まで、何を……」
「……何でだろう、兄さん」
ゆっくり立ち上がって、兄の側にそっと歩み寄って、声をかける。
「何だか……戦いなんて起きてないのに、すごく力があふれる気がするんだ」
「……うん。オレもそうだよ」
弟の言葉に、静かにマリオが応えた、その時だった。
ドオオオオン!!!
『!!??』
遠くの方で爆音が響いた。小さく悲鳴も聞こえる。
反射的に4人は舞台の上に駆け上がった。そして……絶句した。
空の上には、見なれた飛行船。船の上に掲げられた黒い旗は、毎度おなじみの怪物の顔を模したもので。
4人の顔色が変わった。
「クッパ……!!」
「ったく、こんなときにまで来やがるか! あんの大魔王様はよぉ!!」
息を呑むマリオに次いで、ワリオが悪態をつく。
またしても攫われてしまってはいけない。4人はピーチを取り囲むように立った。
「姫、お怪我はありませんか!?」
「おいおい、オレらの出番もまだねぇうちに何の騒ぎだよ!?」
「ああ、みなさん!」
ルイージとワルイージの呼び声で、金髪を振り乱して振り返り。傷一つない4人の姿を見て、ピーチはほっと安堵の息を漏らした。
「まだふたりしか召喚出来ていませんが……この事態です。仕方ありませんわ」
「……は? 召喚??」
4人の頭に疑問符が浮かぶ。
先程の彼女の行動の事を言っていたのだろうか。
「マリオ、ルイージ! そこに浮かんでいる光に……」
何が何だかわけが分からず首をかしげる4人に向かって、ピーチがそう言いかけた時だった。
「見つけたぞ!!
雄叫びと共に、船の船首に現れたのは、まぎれもなく。
「クッパ!!」
マリオの叫びに応えることはなく、クッパは……マリオらではなく、舞台の上でふわふわと浮かんでいる二色の光に目を向けていた。
「こんな小娘の力なんぞを借り、ちまちまと我が復活の邪魔をしおって。しかし、今年は間に合わなかったようじゃのう?」
「……復活?」
彼の言う言葉の意味が分からず、またしてもマリオらは首を傾げた。
口調も、彼がまとう気配も、普段のクッパとは違う気がする。
戸惑う4人をほったらかしにして、クッパの勝ち誇ったような言葉はまだ続く。
「
「……っ、マリオ! ルイージ!」
来るか、と、4人が身構えた時。ピーチがマリオとルイージに向かって、真剣な眼差しで呼び掛けた。
「二人ぶんしか用意できませんでしたが、今は仕方ありません。今すぐ、そこの光に触れて下さい!」
「……え!? こ、これにですか?」
「な、何故今そんな事を! それより今はクッパを追い返さないと……」
「いいえ、今でなくてはいけないのです!」
「……、わ、分かりました」
本音を言えばこのままクッパに飛びかかって行きたいのだが、彼女のそんな真剣な眼差しを受けてはとても断れない。慌ててマリオは頷いた。
ちらりと、自分たちのことをライバルと呼ぶ、しぶとい悪友の姿を振り返って。
「お前ら。オレたちに何が起こるか分からない。姫を頼むぞ」
「けっ。オレ様のライバルがそんな弱気なこと言ってんじゃねえよ」
「おう。サンキュ」
鼻をいじりながらそう毒づいた悪態を、快い承諾だと勝手に解釈して、マリオはそう言ってにかっと笑った。
弟が不安そうに、緑の光の前でじっとマリオの顔を見つめる。
「に、兄さん」
「なんだ、怖いか? じゃあ、まずはオレだけ触ってみる」
「え!?」
「その後の展開を見て、大丈夫そうだと思ったら、お前も触れ。いいな?」
「う、うん」
「姫。それでよろしいですか?」
「……あまり期待通りではありませんが、あなた達に任せます」
ピーチの返事に少し安心しつつ、頷いて。改めて、マリオは赤い光の前に立った。
……姫が、こいつを呼び出した時。
ルイージの言った通り、オレは理由の分からない妙な高揚感に襲われた。
それが良い事なのか悪い事なのかは、分からない。これから起こることも、何もかも。
クッパは、この光に向かって『紅朱雀』って呼んだ。きっとそれが『四聖獣』のうちの名前なんだ。
この中に、その神様の魂があるっていうのなら。
お願い。
今だけでもいいから、オレに姫を守れるだけの力を!!
「よしっ! ……っ!」
意を決し、マリオは赤い光の中に、白い手袋をはめた手を突っ込む。
燃え盛る炎のように真っ赤な光が、ぱあっと弾ける。
それこそ、目も開けられないほど、鮮やかに、眩く……。
「ぬわあっ!?」
「おいおい、やっぱマズかったんじゃねえのかっ!?」
「兄さあんっ!!」
仲間たちの声もどこか遠くに聞こえて。
心地よい熱の中で、すさまじい力が、胸の奥からどんどん湧いてくるのを、マリオは感じていた。
それは、大きく大きく膨れ上がる。自分の力だけでは、とても抑えきれないほどに、強く。
「う、ぐ……ぅああああああっ!!」
堪えきれない叫びと共に。
ゆっくり、ゆっくり。
意識が、遠ざかる……。
「兄さん!!」
「マリオ!?」
「おい、赤野郎!!」
大きな悲鳴を上げたかと思えば、突然がっくりと膝をついてしまったマリオの側に、残された3人はたまらず駆け寄った。ピーチだけは、彼らの行動を見守るようにじっとその場に立ち尽くしていた。
やがて、マリオはゆっくりと立ち上がる。心配する3人の手を振り払って。
その瞳は、目の前で仁王立ちしているクッパへの憎悪に燃えていた。
「……随分勝手なことをしてくれたな。
To be continued.