【Mario Side】
最近、妙にクッパの野郎が大人しい。
今日も相変わらず天気はいいし、姫も町の人も優しいし、湯加減最高だし。厄介なことが何も起こらない毎日ってのがこれほど穏やかだったなんて、ちょっと前までの俺たちには想像もつかなかったことだな。ううーん、平和だあ。
今ごろ、庭で俺の服を洗濯しているだろう俺の双子の弟・ルイージの姿を思い浮かべながら、俺・マリオは朝風呂を楽しんでいた。……おい誰だ、『オヤジ臭い』なんて言ってる失礼な奴は!
うーん、これほど気持ちいいと、思わずムーディーに鼻歌を口ずさんでしまうなあ。
「ららら、ふふふーん♪」
「き、き、緊急事態です!」
「ん?」
いきなり、開け放った窓の外から、甲高い叫び声が聞こえてきて。何だろうと思い、俺はちらりとそっちに目を向けた。
声の主は、城にいるキノピオのひとりだった。洗濯ものを干している途中のルイージと向かい合っている。凄く慌ててるな。……いつもの事だが。
「臨時ニュースはもう聞きましたか!?」
「臨時ニュース? ううん、何かあったの? ……って、うわあ!」
返答を聞いてすぐ、ルイージを思いっきり突き飛ばして、キノピオは家の中に入ってきた。「マリオさ~~んっ!!」と、さっきより甲高い、耳に直接響きそうな叫び声と共に。
え、鍵はかけてないのかって? ふふん、うちだけじゃなく、他の家もいっつも鍵はかけないぜ。何故なら! このキノコ城下町には、空き巣をするような悪党はただのひとりもいないからさ。これも全部姫のおかげだなあ。
と、まあそれはともかく。こいつはきっとただ事じゃないよな、と思い、俺はバスタブから立ち上がった。……と、同時に。
「きゃぁーーーーっ!!」
もうもうと立ち込める湯気の向こうで、今までで一番高い叫び声……というか、悲鳴が響いた。
……あ、ヤベ。そういや、暑いからって風呂場のドア開けっぱなしだった。ルイージに「兄さん、はしたないよ!」って怒られそうだなー。
慌てて俺は外に出た。……おっと、素っ裸はまずいからせめてパンツだけでもはかないとな。はー、せっかく気持ちよかったのに。
体を拭くのもそこそこにリビングに出てみると、そこには顔を真っ赤にしたキノピオが倒れていた。あーあ、茹でダコならぬ茹でキノコになっちゃって。
俺はいつもより力を抑えるようにジャンプして、キノピオの頭を軽ーく小突いた。
「おーい、大丈夫かー」
「ピ、ピーチ……姫。ピーチ姫……が」
「何!? 姫になんかあったのか!?」
「……きゅう」
大事なところで、のぼせきったキノピオはとうとう目を回してしまった。
……直接城に行くしかないか。俺は急いで家の外に向かって走り出した。
「に、兄さん!? パンツ一丁で何してんの! って言うか、今キノピオが……」
「分かってる! ルイージ、とりあえず服返せ!!」
「何言ってんだよ、今干したばっかり……って、うわあああ、絡まってるってばー!!」
洗濯紐にぶら下がってたのを無理やり着ようとしたせいか、俺の体には不格好に絡まったロープが。……そして、服と一緒にルイージも絡まってる。
「あーもう、ほどくの面倒だからそのままついて来い!!」
「ええええ、そんなあ~!!」
ルイージを引きずりながら、俺は城に向かって一目散に走り出す。
今、参ります。安心して待っていて下さい、ピーチ姫!!
緊急事態だからか、それとも平和ボケしすぎているからか。こんなときでも、城内は相変わらずのザル警備。キノピオ兵士の姿はほとんど見かけない。それ程城下町が平和な証拠だが……何度もさらわれてるし、今回もそうなるかもしれないってんだからいい加減学習しろよこいつらはっ!
そんな心のツッコミと共に、ようやくたどり着いた玉座の間。ためらいなく、俺は門を一気に開け放って、玉座の間に駆け込んだ。
……やっぱり!
何故か、涙を滝のように流して泣いている姫の前にいたのは、紛れもなく!
姫をさらい、他国の重要な宝物を盗み、そして俺たちに散々ちょっかいを出し続けてきた、大魔王クッパその人(いや、亀か?)だったんだ。
立ち止まるためにブレーキをかける。俺はどうにかクッパの前で止まれたが、ルイージはブレーキの勢いでそのまま前に向かってつんのめって、クッパの背中に思いっきり激突する。その勢いでクッパも床に倒れる。……あ、紐ほどけた。それはそれでラッキー?
起き上ったクッパが振り返る。ルイージが慌てて俺の陰に逃げ込んだ。……うわー、すっげー怒ってる。
「ンガァ~~ッ!! この大変な時に、またお前たちかっ!!」
「あ? そいつはこっちのセリフだぜ、よくも俺のバスタイムを邪魔してくれたな!」
「しかも我輩に不意打ちとは卑怯者め!」
いや話聞け。
あーもう。そっちはそっちで怒ってるが、こっちはもっと怒ってるんだからな!!
「ま、マリオさん! 久しぶりのバトルですね……大丈夫ですか?」
いや、お前もこんな時に何言ってるんだよ。こちとらこれから戦おうってのに!
まあ……体がなまってるってのは否定しないが。
「あー……大丈夫大丈夫。心配しなくていいから、何も言わなくていいぞ。すぐ片付けるからさ!」
「そ、そうですか。さすがマリオさん!」
俺の言葉にそう返してきたキノピオの顔は、どこか複雑そうだった。……説明したかったのか?
「……キノピオたちって、ほんっと兄さんに頼りすぎてるよねえ」
ぽつりと、冷静さを取り戻したらしいルイージが呟く。うん、俺もそろそろそう思い始めてた……かも。
どうやら、体がなまっているのはお互い様だったらしい。
「グ……グゲッ……」
数発目のジャンプ攻撃で、その巨体はあえなく崩れ落ちた。ふふん、ざまあみろ。
……と、思ったら。クッパがいきなり、今まで受けたダメージが嘘のように、勢いよく起き上った!
「うわ、起きた!」
「まだやるってのか、この野郎!」
「ちょ、ちょっと待て!」
戦闘態勢をとろうとした俺を、クッパが押しとどめる。
「こんな事をしている場合ではないぞ!」
「……え?」
「い、 いきなり何言ってるんだよ、そっちから仕掛けてきたくせに!」
「皆さん!!」
今度はキノピオが声をあげた。
……どうやらクッパが言ってるのは本当の事らしい。仕方なく、俺は戦闘態勢を解いた。
「大変なことになりました! 先程、キノコ王国の隣のマメーリア王国から、親善大使がやって来たのです!」
「マメーリア……王国?」
行ったことはないが、姫から話くらいは聞いたことがあった。自然にあふれた、すごくきれいなところだって。
そこから親善大使が来るってことは、お互いに仲のいい国っぽいな。
まあそんな雑学はどうでもいい。問題なのは、今の話だ。
「そ、それで……その人がどうしたの?」
「そ、そいつが……ピーチ姫の『声』を、奪い取ってしまったのです!」
「こ、『声』を……?」
そんな形のないもの、どうやって奪い取ると言うんだろう。
と、疑問が浮かびあがったとき。
今まで泣いていたピーチ姫が顔をあげて、口を開いたんだ。
……あれ? 聞き取れない。なんて言っているか分からない……。
っていうか、こんな喉が潰れたような汚い声、絶対いつもの姫の声じゃない!
いつもの姫は、もっと澄んだきれいな声をしているのに。
と思っていた、その時。
姫の口の中から、何か変な形をした黒い物体が飛び出して。
それは、重力に従って床に落ちた。と、同時に! それは、勢いよく火を吹いて、爆発したんだ!
「うわっ! なな、何!?」
「か、代わりに、姫の声がこのようなバクダン声に……」
「バクダン声って……おわあっ!!」
キノピオの説明の間にも、バクダン声はどんどん姫の口から発せられる。
雑音、爆音、轟音が、耳にびりびりと響いた。
「こんなピーチ姫をさらったら、我輩の城が壊れるじゃないか!」
「って、結局それが目的だったのかよっ!!」
「当然だ! 何とかしろ、マリオ!!」
「な、何とかしろって言われても、声なんてどうすりゃ……」
失った声をもう一度復活させるなんて魔法使いみたいな真似、俺にもルイージにも出来るわけない。
と、なれば……。
「マリオさん! ピーチ姫の美しい声を、取り戻してきて下さい!」
「犯人は、マメーリア王国からやって来ました。きっとマメーリア王国に行けば、何か分かるはずです」
そうだよな。
姫の声ってのが、どういう風にどんな形で盗まれた、というのは分からなくても、とりあえず声だけでも取り戻せれば、何とかなるかもしれない!
「よし、分かった! よーし、久々の冒険だな!」
「留守番なら任せてね、兄さん。部屋はちゃんときれいにしておくから! 頑張って!」
「おう、任せとけ!」
「ガハハハハ! だったらさっさと犯人捕まえて、ピーチ姫の声を戻すだけのことよ! 我輩の『カメジェット』を使えば、マメーリア王国までひとっ飛びだ!」
……うわ、着いてくる気だよこいつ。
何度も戦いあってるし、こいつと一緒に戦ったことも実際結構あるし、俺の目から見て強いのは確かだけど。……正直、姫のために俺とこいつが協力するって言うのは、世間の目から見てどうなんだ?
「……え~。マジ?」
「なんだ、その嫌そうな顔は!」
「そりゃ、実際嫌なんじゃないの?」
「おお、言うようになったなあルイージ」
「ええい、ごちゃごちゃ言うでない!!」
顔を真っ赤にして怒ってる。
意外と寂しがりなのか? ……いや、こいつに限ってそんなことは。
俺たちに向きなおって、クッパはびしりと命令した。
「マリオ! 出発の準備をしろ!!」
……その直後。
大量に発せられたバクダン声によって、玉座の間が半壊することになったのは……また別の話だ。