甘ったるいカカオの香りに包まれた、キノコ城のキッチン。
そこで、流し台や調理器具を、使いっぱなしのドロドロのめちゃくちゃにしつつ、そしてそれに負けず劣らず顔中を真っ茶色に塗りたくったその姿は、普段の高貴さとは大いにかけ離れていた。
それでも、オレはあの人から、ひと時も目を離す事は出来なかった。
普段の姿とは明らかに違う、その姿に。
「私、チョコレートケーキを今まで1度も作った事がないの」
始まりは唐突だった。
いつものようにクッパをぶっ倒した帰り道。ヨッシーの背中にちょこんと座ったピーチ姫は、傍らにいるオレに、突然そんな風に話しかけて来たんだ。
「え? ああ、そういえば。オレやルイージに振舞って頂く時は、いつもショートケーキですね」
姫に言われて、オレも始めて、ああそう言えば、って思った。上に乗るフルーツの種類なんかは違っても、スポンジに塗られるクリームは大概が白い生クリームだったなあ、と。それでも彼女の作るケーキは今まで食べたどのケーキよりもおいしくて、オレもルイージも大好きだった。まあ、初めて姫を助け出した後に初めて振舞われたものだったから、多少の思い出の美化はあるんだろうけど。
そんなオレの言葉に相槌を打ちつつ、姫は続ける。
「それで、そろそろ作ってみたいなあって思っていたの! ちょうどいい機会だわ。明日お城のキッチンに来て、見ていてくれないかしら?」
「えっ、オレがですか? しかし……気が散りませんか?」
「いいえ、あなたに見ていてもらいたいの。お願いっ」
俺に向かってそう頼みこんでくる、そのやけにきらきらした視線は、とても真剣だった。
ここまで頼み込まれてしまっては(しかもよりによってピーチ姫に)、彼女のナイトであるオレとしてはとても断れなくて。
翌日ルイージ(あえて事情は話さなかった)に、「また出かけるの? やっぱり忙しいんだねえ、兄さん」なんて、他人事っぽいの~んびりした口調で見送られて。
で、オレは今ここにいるわけだが。
「ああ、お怪我をなさります! お手元にお気を付け下さい、姫!」
「ああ、チョコレートを直接火にかけてはなりません!」
やっぱり「初めて作る」と自分から告白しただけあって、彼女の手つきは素人であるオレから見てもかなり危なっかしかった。事あるごとにキノピオのお叱りを受けている。きっと、普通のショートケーキを初めて作った日も、こんな風にキノピオたちをはらはらさせっぱなしだったことだろう。オレも気が気じゃなかった。
それでも。
オレは、彼女に言われたとおり、ひと時も姫から目を離す事無くそこにいた。
あんなに楽しそうに、何かに真剣に取り組む姫の姿を、オレは初めて見たのだから。
昨日、あの人がオレに『見ていて』って言ったからじゃない。
そしてオレも、彼女の言葉をただ忠実に守っているだけじゃない。
誰かに言われずとも、普段と明らかに違う彼女から、目が離せなかった。
茶色いクリームまみれの指が、最後のイチゴをそおっと乗せて。
「……できた!!」
やがて、姫の顔は今まで以上にぱあっと輝いた。
「できたわ、マリオ! 見て!!」
「ええ、できましたね。姫」
正直、オレもびっくりしていた。
長い時間をかけて完成したこげ茶色のチョコケーキは、道中の危なっかしすぎる手つきからは想像もつかないぐらいの見事な出来栄えだった。丁寧に塗られたクリームの上には、真っ赤なイチゴが綺麗に飾り付けられたそのケーキ。土台のスポンジ部分はなんと3段重ねという大作だ。
さすが、普段作り慣れているだけの事はある。このまま崩して食べてしまうのがもったいないぐらいだった。
「見ていてくれてありがとう。上手くできたでしょう? 早速テラスで頂きましょう」
「ええ。……って、うわ」
「? ……まぁ」
普段、オレたちはいつも中庭のテラスでケーキを食べるのだが……いつの間にか、外はとっぷり暗くなっていた。今日はいつにない大作を作り、それに比例して時間もかなり経っていたらしい。オレも姫に集中してたせいで全く気がつかなかった。
「……また明日の午後にしましょうか?」
オレが思うに、夕飯時はとっくに過ぎているはずだ。ケーキ自体も、3段重ねなだけあってかなり大きい。半分はうちに持って帰るにしても、今のこの時間からこれは流石にこたえる。
そう思って恐る恐る言ってみたものの、姫は断固として譲らなかった。
「いいえ、今食べたいわ。夜空の下で食べるケーキも、きっとおいしいわよ」
フォークを持つオレを、期待に満ちた目で姫がじいっと見つめる。
「……あの、姫。そんなにじっと見つめられると、その。食べづらいのですが」
「そんなこと言わないで。早く食べてみて、マリオ!」
そう姫に急かされて。恐る恐る、オレはケーキの切れっぱしが刺さったフォークを口に運ぶ。帰ったらルイージに、「夕飯前にお菓子なんて食べて、もー」なんて怒られそうだなあ、と、心の中で苦笑いしながら。
「……うまい!」
「えっ?」
「とってもおいしいです、姫!」
それは、本当に心からの素直な感想だった。
見た目もさることながら、味も道中のあぶなかっしい手つきからは想像もつかないものだった。チョコレートの甘さも、スポンジの柔らかさも、全てが(オレの好みの問題なんだけど)完璧。とても初めて作ったとは思えない代物だった。ルイージもきっと、今のオレみたいに喜んで食べるに違いない。
思わず夢中でがっついていると、くすくす、と、心底おかしそうな姫の笑い声が聞こえて。
慌てて、オレは勢いよくフォークを置いた。
「わっ、す、すみません。みっともない所を」
「いいえ、嬉しいわ。食べるのに夢中になっちゃうほどおいしいものが出来ちゃったなんて」
そう言いながら、オレとは違って実に上品にケーキを食べるピーチ姫。
あぁ、いつもの姫に戻ったんだ。なんて、オレは恥ずかしさでいっぱいになった頭の片隅で、ぼんやり思った。
「本当だわ! おいしいっ」
頬を片手で押さえて、自分で自分の作品に感動する姫。自画自賛だぁ、と、オレは心の中だけで苦笑いする。まあそう叫びたくなる気持ちも分かる。たっぷりの時間をかけただけのものになってるから。
やがてフォークを置いた姫は、オレに向かって小さく微笑んで、尋ねた。
「機会があったら、また作ってみてもいいかしら? 今度はルイージやデイジーにも振舞いたいわ」
「ええ、もちろん!」
すぐに、オレは大きく頷いた。
「……でも、今度はもう少し早く作れるようになりましょうか」
「ふふっ、ごめんなさい」
くすくすと笑いあって、もう一度フォークを持つ。
夜は遅いけれど、もうちょっとだけ、甘い時間は続くのだった。
次に食べられるのが楽しみだ。
本当においしかったから、というだけじゃない。
また、あんな生き生きした姿が見れるなら。
何度だって、あなたのケーキを食べたいなぁ。
おしまい。
Silverさんに相互感謝記念として贈らせていただきました。
チョコより激甘作品で申し訳ありません(笑
直球なマリピチ作品を書いたのは実はこれが初めてなのですが……
いかがだったでしょうか。
ゲームの冒頭なんかで、時折ピーチから「ケーキを作ったので一緒にどうかしら?」なんてお誘いがあるパターンがありますよね?
そんな招待状をわざわざ送るってことは、結構それなりに美味しいものが出来上がるんじゃないかなあ、と思ってたんです。
ですけれど、やっぱり立場はお姫様。お菓子作りはもちろん料理なんて普段絶対しないはず!
普段から自分の為に命をかけて戦ってくれるマリオの為に何かお礼をしたくて、お城のキノピオに頼み込んで、猛特訓した末の結果だったらいいなぁー、と思ってます。w
やればできるお方なんです。お料理だってスポーツだってバトルだって!w
ちなみにこれも蒼樹の完全な妄想ですが。
もうひとりのお姫様・デイジーは、やっぱりお料理をする機会はゼロなんじゃないかなあと思うのです。腕もやっぱりてんでダメ。
でも彼女は「私にはルイージがいるから、出来なくたっていいでしょ!」なんて開き直ってるんです。
で、いざという時(例・ルイージがひどい風邪で寝込んでて、そんな時に限ってマリオが冒険中で不在、とか)に頑張るタイプ。その道中も作品中のピーチ以上にぐっちゃぐちゃで、ルイージもデイジーに無理やり寝かしつけられながらも気が気じゃなくて寝てられない、とか。
例え見た目・味共にまずいものが出来あがっても、ルイージはきっと完食するんだろうなあ。w
ところで、作中でピーチが作ったケーキ。実はあなた様のHP名にかけてあんな作品に……
あぁでもそんなの申し訳なさ過ぎて言えないっ!(ぉぃ
最後に。
Silver様。相互リンク、本当にありがとうございました。
ではでは乱文失礼いたしました!